2026年3月12日、ピアニストの本間太郎氏が永眠されました。
我がはぐレ企画のイベントにおいては天国で度々ご出演いただいた他に、無理を言ってソロでも1度ご出演いただいたことがあります。
個人的にも20年近くのお付き合いをさせていただきました。
もはやどうやっても彼のピアノを聴くことも、酒を酌み交わすこともできませんが、本間太郎という素晴らしいピアニストについて私の中の記憶を開陳することで、同じように彼を愛した方々の記憶を喚起する材料になればと思い、ここに書き残すことにしました。
本間くんとの出会いを書く前に、まず彼の相棒である宮国英仁さんとの出会いを書かなくてはなりません。
時は2006年9月10日。当時よく足を運んでいた立川に「クレイジージャム」というライブハウスがあると知って物は試しと行ってみたのでした。
そこでライブをしていたのが当時宮国さんがフロントマンを務めていた「シャクランドモ」というバンドです。
これがえらい面白いバンドでして、私はすぐに気に入ってしまって彼らのライブに通うようになりました。
そのうちメンバーとも仲良くなり、プライベートでもお付き合いをさせていただくようになりました。本間くんと最初に会ったのも、どこかでみんなとお茶をしてた時に彼が混ざっていたというシチュエーションだったと記憶しています。
何を話したかまではさすがに思い出せませんが、彼を紹介する時にみんな口々に「太郎はヤバいやつ(いい意味で)」と言っていたような気がします。
ちなみに当時彼はLa Bluzuというバンドに所属していて、割とメジャー志向の活動をしていたようです。本人はそこにはあまり乗り気じゃなかったみたいですが。
その後なんだかんだでシャクランドモは解散し、2007年末に宮国&本間で「天国」のプロトタイプとも言えるライブがあったのですが、私は彼らの出番に間に合わなくて観られませんでした。
天国としての本格的な活動は2008年からになります。
その前に、2008年はもっと面白いことからスタートしました。
友達数人で本間くんの家で新年会を開いたのですが、彼の発案でこれが「干支を食う会」になりました。ちなみにこの年は子年だったのでネズミは当然として、その他にもヘビ、ワニ、カエル、サソリなどが食卓に並びました。
こういう食材をどこから仕入れてきたんだか。
※以下、人によってはちょっとショッキングな画像が出てきます。ガラケーで撮ったものなので画質は良くありません。



見た目はアレですが、どれも美味しかったです、特にサソリの素揚げはサクサクしてて、最後の方までよきおつまみとして活躍してくれました。
この時、彼が好きなスコッチウイスキーの「ラフロイグ」を初めて飲ませてもらったのですが、どうもアルコールランプを飲んでいるみたいで私の口には合いませんでした。
でもこれを書いている今、彼と乾杯するつもりで久しぶりにラフロイグを飲んでいます。ハイボールならいけるな。
話してみると彼はとにかく物事の本質がよく見える人で、本当に頭のいい人間だったと思います。それ以上に茶目っ気があって可愛くて面白い人でした。
私は彼とは音楽よりも漫画やゲームのことをよく話していた気がします。
彼は漫画だと『ジョジョの奇妙な冒険』や『ピューと吹く!ジャガー』などがお気に入りで、その話題になるといつも楽しそうに笑いながら話していました。
ゲームの話になると「FF4ではバトルスピードを最高かつアクティブモードにしてのラスボス戦が激アツ」などと語っていて、なかなかのゲーマーぶりでした。
この日のパーティは結局オールナイトになり、興が乗ったのか本間くんもゲームの曲をたくさんピアノで弾いてくれました。でも夜遅くになっても弾いてたので、翌朝ご近所さんから苦情が・・・
それも含めて楽しい思い出です。
2へ続く

