貧困に喘ぐ覇者 時代に取り残される日本の音楽産業

先日、ネットで驚きのニュースを目にした。
日本が2012年度の音楽市場(CD、DVD、配信等)での売上高世界一に躍り出たのだというのだ。音楽業界の末端にいる身として、常日頃、不況という話を聞くことは多くても景気のいい話は滅多にないので、まさかこんな話が飛び込んでくるとは青天の霹靂であった。

日本レコード協会が24日発表したCDなど音楽ソフトパッケージの2012年の総生産金額は、11年比で10%増え3108億円だった。14年ぶりに前年実績を上回り、09年以来となる3000億円台に回復した。

日本経済新聞 2013年1月25日 音楽ソフト生産、14年ぶりプラス より

世界的には、音楽パッケージソフトの市場は急速に縮小しつつある。しかし、2012年の生産実績により、日本は2008年から5年連続で世界最大の音楽パッケージの市場となる

アニメ!アニメ!ビズ 2013年1月24日 国内音楽ソフト年間生産額10%増、14年ぶり増加 世界最大の音楽パッケージ市場に より

数字のマジック

ただこれを文字通り景気のいい、めでたい話として受け止めていいかとなると、そう簡単な話でもない。ここで取り上げられている項目は売上高(金額)であって、売り上げ枚数やダウンロード数ではないのだ。

音楽ソフトの値段、海外では?

ご存じない方もいるかと思うが、日本は世界でも有数の「音楽ソフトの値段が高い国」なのである。アルバムは相変わらず3,000円前後が常識だし、シングルも最近は色々特典が付いてくることで1,000円より高い値のつくものが珍しくない。

じゃあ他の国はどうかというと、試しにビルボードのトップチャートの上位にランクインされているアーティストからRihanna(米)を調べてみたのだが、amazon.comで見た限りではアルバム1枚10~17$くらいで売られていた。現在1$=99円くらいなので、10$なら1,000円未満、17$でも1,700円弱といった具合だ。配信のものは概ね1.29$だったので、まぁ100円ちょっと。これは日本とあまり変わらないと思われる。

ついでにColdplay(英)も調べてみたが、やはりアルバムが10$前後で、ボックスものだったり映像が付いてくるものだったりすると少し割高になる感じである。配信は1曲単価に関しては同じだった。

つまるところ、売上高が1位になったからといって、日本が世界で1番音楽ソフトが売れている国と断じるのは早計という話だ。もう少し突っ込むと、日本は中古市場に流れない限り、ソフトの値段は基本的に一定である。

AKB48の最新のアルバムも、CHAGE&ASKAが30年前に発売したアルバムも、新品である限り同じ3,000円(くらい?)で売られているが、英米に行くと古い作品は中古じゃなくてもどんどん値が下がっていく傾向がある。

つまり同じ30年前の作品が日本で100枚売れた場合とアメリカで100枚売れた場合の売り上げは、元々の値段設定の差に加えて変動値の差も入ってくるので、相当な差が出てくるということになる。下手すれば売り上げ枚数は半分でも、売上高は倍みたいな極端な話もあり得るのだ。

音楽が無料化する世界へ

留意すべき点はまだある。

4月8日、IFPI(国際レコード産業連盟)が、2012年の世界の音楽売上を集計した情報等を掲載する「Recording Industry in Numbers 2013(略称:RIN)」を発行した。

このRINによると、世界49ヶ国の音楽市場を合計した2012年の売上は、昨年比0.2%増の16,480.6百万ドル(USドル)となり、1999年以来13年ぶりのプラスとなった。

ニコニコニュース 2013年4月10日 IFPI(国際レコード産業連盟)、2012年の世界音楽売上を公表 より

これを見るに、音楽ソフトの売り上げはここ13年間落ち込み続けていたわけだ。このデータは、音楽ソフトの無料化が世界的に進んでいることを示している。

お金を出して音楽ソフトを買う人が減っている中で、日本はちゃんとお金を出す人の多い意識の高い国です…という話ではないのは先ほどの値段の話で説明した通り。むしろそういった世の中の流れを無視して、日本だけがいつまでも売らんが為のビジネススタイルに固執していることをこのデータは示しているのではないかと思うと、朗報どころの話ではない。

「いつまで我々だけが、よその国の何倍もの値段を音楽ソフトに払い続けなければならないのか」という怒りの声も聞こえてきそうだ。

閉じた日本の音楽マーケット

しかも日本の音楽ソフトの売り上げのほとんどは、国内需要によって支えられている(近年はアイドルやアニソンなどが海外での需要を獲得しつつあるようだが)。英米やスウェーデンなどといった音楽輸出国と比べて、ユーザー数が圧倒的に少ないのだ。高いソフトを少ないユーザーに向けて販売して、それでも売上高が世界一というデータはあまりにも歪に思えてならない。

うろ覚えなのだが、小室ファミリーなどの活躍でミリオンヒットが量産されていた90年代半ば~後半くらいの時期は、日本の音楽市場の売り上げランキングは世界で3位くらいだったと記憶している。あれだけ売れていた時期にその順位だったということは、それだけ日本の音楽産業が閉じたマーケットだということだろう。

かつての何分の一、何十分の一、あるいはそれ以下に縮小してしまった市場で形ばかりのトップを取ったところで、それを活況と早合点してもなんにもならない。むしろ「この調子で売れ売れどんどん、高い値を付けて」という感じでメーカーが調子づいたりしないかと心配である。