「音楽狂」の国:将軍様とそのミュージシャンたち(西岡省二)

「音楽狂」の国 将軍様とそのミュージシャンたち

2018年最初に読んだのがこちらの本。てっきりNK-POP(北朝鮮の大衆(?)音楽)の魅力に切り込むというサブカル本だと思い込んでいたのだが、音楽という視点から「あの北朝鮮」という国を読み解いていくという意欲的な試みの内容で、それはそれで大変面白かった。

物語は、北朝鮮と隣接する中国吉林省延辺の朝鮮族(中国国籍を持つ朝鮮民族)自治区に住む、ピアノ教師の「韓」と筆者の接触から始まる。筆者はピアノレッスンを通じて北朝鮮の実情に少しでも迫ろうとするが、韓の頑なな態度はなかなか崩れない。

国の体制がどうであれ、「音楽に国境は無く、音楽は自由なものである」という、恐らくほとんどの人が思っている価値観が通じないことに筆者は戸惑いを覚えるが、そこにこそ、この国を読み解くカギがあると考える。(それが何であるかは本書の主要なテーマなので、気になる方は読んでみていただきたい)

後半の章では、ドラマーのファンキー末吉が北朝鮮の女子学生たちにロックミュージックを伝授するエピソードが語られるが、この章があることで本書にもう一つの視点が加わる。

プロパガンダの為の音楽しか作ることも演奏することも許されないというのは、作家性や独創性といった芸術家の「個」を殺すことに他ならないが、それ故に「北朝鮮の音楽家たちは気の毒で可哀想な人達である」と安易に考えてしまっていいのか?という価値観の問いかけだ。

金一族を讃える曲は窮屈で押しつけがましいが、(キリスト教の)神を讃える黒人音楽だったらそうではないのか、という視点を加えることで、政治色が強かった本書の立ち位置をもう一度音楽の側に引き寄せる構成になっている。そこも上手い。

国際情勢を学びつつ、音楽とは何かという根源的な問いかけについて考えるきっかけにもなるので、一石二鳥で面白い良書である。

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