Whereabouts Records代表・竹内一弘氏インタビュー

ハンガリーの音楽シーン

Whereabouts Recordsがハンガリーで広まったきっかけ

――― では、次はハンガリーについてのお話を聞かせてください。
先日Facebookを拝見して知ったのですが、Bin-Jip(※バンド)のハルチャ・ヴェロニカという人は、向こうでは知らない人はいないくらいの有名人らしいですね。そんな人がなぜWRに着目したかというようなお話は聞いたりしましたか?

竹内: うん、まずそれ以前のいきさつから説明します。ハルチャ・ヴェロニカは2009年に日本のレーベルからソロアルバム(ジャズ・ボーカル)を出したんですが、それが大手CDショップのジャズチャートで1位を取ったくらい、めちゃくちゃ売れたんですよ。でも彼女はジャズだけの人じゃなくて、エレクトロとか、最近はルーパーを使って声だけを重ねて音楽を作ったりとか、色々実験的なことやるのが好きなんですね。

で、Bin-Jipというバンドを立ち上げたのが2010年です。彼女はまず最初に、昨年ヒットしたアルバムをリリースした日本のレーベルに、当然今回もお願いしたわけですよ。そしたらそのレーベルの人が「エレクトロ系だったらWRの方がいいよ」って紹介してくれたんです。それがきっかけでうちから出すことになりました。

――― なるほど。

竹内: そうすると、ハンガリーから見た日本の音楽マーケットって当然魅力がありますから、ハンガリーのアーティストたちからものすごい数のデモが送られてくるようになるわけです。

――― まずBin-Jipが決まったことで、「ハルチャ・ヴェロニカがあのレーベルからCD出してるから自分も出してもらおう」って、ハンガリーで広まってる感じなんですね。

竹内: そうそう、そういうことです。その大量のデモの中から自分が「いいな」と思うものをリリースしているんです。でもハンガリーを特別贔屓にしているということはなくて、純粋にクオリティの高い音楽が多いからこうなっているだけです。日本人にしてみれば、いや世界でもハンガリーの音楽なんて誰も注目していないと思いますが、そんな国ですらクオリティの高い音楽を作るための努力や投資をしていますし、実験音楽や音響音楽、即興ジャズなどは確実に日本よりレベルが高いんです。

オファーからリリースまでの流れ

――― ちなみに海外のアーティストの作品をリリースをする場合、音はデータでやり取りすると思うんですが、それできちんとしたものは作れるんですか?

竹内: 作れるというか基本的にアーティストが完成させてるんですよ。完パケになったものを送ってくるので、そこをいじることはないですね。僕がマスタリングをする程度です。

(海外アーティストからの)オファー~リリースまでの流れを言うと、まずメールが来ますね。自身の経歴や、参考にアルバムの中から何曲かを送ってくれます。それに対してYESかNOか返答します。YESであれば条件を示す。印税や発売年月日、プレス枚数、そういったことを話し合って決めて、契約書をちゃんと作って、お互いにサインしてスキャンしてPDFにして送り合ってGOですね。あとはCDをプレスして流通会社に情報を流すという感じで。

海外の場合は、基本的にジャケットのアートワークも向こうが作ってきますね。面白いのは、海外のジャケットってものすごくクオリティが高いんですよ。そんなにお金持ってないはずなのに。訊くと、友達どうし協力し合って作ってる。ミュージックビデオなんて、日本でも海外でも普通に撮ったら50万円くらいかかるんだけど、そこも協力してやってるみたいですね。

――― それでちゃんとクオリティの高いものを作れるというのがいいですね。

ライブハウスが客を集める

――― ハンガリーと日本の音楽シーンを比べてみて、どのような違いが見受けられますか?

竹内: まずCDショップが無い。

――― 無い!?

竹内: 人にも訊いてみたけど、無いって言ってましたね。僕が見た限り一軒だけ発見しましたけど、日本にあるような普通のショップじゃないですよ。ものすごい小さいところが一軒だけあって…。あとは、楽器店の片隅にCD販売コーナーがある感じ。だからミュージシャンは、大抵は自分のライブでCDを売るというのが基本的なスタイルです。

ハンガリーの楽器店のCDコーナー

でも音楽を専業としてやっている人たちもいるわけで、どうやって収益を得ているのかというと、ライブハウスがちゃんと集客できるアーティストだけを選んで確保して、(ライブハウスが)自分で宣伝してお客さんを集めるというスタイルなので、そこでちゃんとアガリが出る。そうやって専業でやっている人はライブの数とかすごいですよ。ハルチャ・ヴェロニカはブダペストだけじゃなくてヨーロッパ全土で3日に1本くらいのペースでライブをやってますからね。

で、どうやって宣伝してるかっていうと…広告塔の写真はご覧になりました?

――― 広告塔?いいえ。

竹内: ハンガリーの街の歩道に巨大な広告塔が立ってるんですよ。そこに「何月何日、ハルチャ・ヴェロニカのライブ」ってものすごいでかいポスターを貼ってたりして。(写真を見せながら)こうやってわざわざ(ライブハウスが)広告出したりしてるわけです。

ハンガリーの広告塔

――― そこの代々木の駅前にもでっかい広告出したりしてますね。ああいうのは武道館でやるようなビッグネームばかりですけど。

竹内: こんなの渋谷だったらウン百万とかしたりするでしょ。もちろん、向こうは安いから出せるんだろうけどね。日本武道館でやるってなったらそういう広告も出すだろうけど、ひとつのライブハウスがこういう広告を出したりしているっていうのが向こうのシーン。だからプロ・ミュージシャンが育つ。

――― CDショップが全然無いってことでしたけど、じゃあアマチュアやインディーズのアーティストのやり方としては、自分たちのライブで売るというのが一つ。あとは配信とかですか?

竹内: そうですね。まあ日本には、いまだに「CDがバカ売れして大富豪になる」みたいな夢が一応あるっちゃあるけど、向こうの人たちはそんなのさらさらないんですよ。そんな多くを求めてないんだろうし、やりたいようにやってるという感じですね。

ジプシー・ミュージック

――― 向こうの音楽シーンでは今どんなものが流行ってるんですか?

竹内: それはわからなかったですね。泊まったところにはテレビが無くて何も見れなかったし。楽器店に一軒だけ行きましたけど、エレキ・ギターも置いてなかったです。民族楽器は置いてありましたけど。

――― 僕はジプシー・ミュージックとか好きなんですけど、ハンガリーだとそういうジプシー系のバンドも結構いますよね。

竹内: いっぱいいますよ。ハンガリーは歴史的に音楽の国だから、ジプシーは結構有名な人がいて、ジプシー+ジャズとか、ジプシー+ボサノヴァとか面白いことやってる人もたくさんいます。、そういう人も結構(デモを)送ってくれるんですけど、多分売れないだろうなと思ってお断りしちゃってる…。

――― 小さいですけど、僕は日本にもジプシー・ミュージックに興味のある層っていうのはそれなりにいるんじゃないかと思ってます。
「PYRAMIDOS」っていう日本のバンドがいるんですよ。彼らはジプシー・バンドで、基本的に曲は中東のトラディショナルソングとか、あるいは日本の歌謡曲をジプシー風にアレンジしたりしていて、オリジナル曲は全くない。それでも3年前くらいに「出れんのサマソニ!?」枠でサマーソニック出たんですよ。

竹内: おお~、それはすごい。

――― で、それからカヴァー曲ばっかりのCDを出して、それがタワレコに並んだんです。インストアなんかもやって。

竹内: 確かにジプシー・ファンはいますね。ハンガリーのミュージシャンで、ロビー・ラカトシュっていう唯一日本でも有名な人がいるんです。ジプシー音楽を王様の前で演奏する「ラカトシュ一族」という伝統的なハンガリアン・ジプシーの家系があって、その中で一番有名なバイオリニストが彼なんです。その人、日本全国でライブやるんですけど、仙台では1000人クラスの大ホールで一週間ぶっ続けでライブやるんですよ。
うーん、ジプシー、いいかもしれないです(笑)。

――― そうですね。僕は個人的にWRでひとつやってほしいと思っています。個人的な話になりますけど、僕は最近よくアメーバピグをやってるんです。その中に音楽フロアのようなところがあって、そこでは一部屋最大4人まで誰でも自由にDJができる。DJといってもYouTubeにアップされてる動画を自分のプレイリストに入れて、その中から好きな曲を流すんです。

そうやってそこで遊んでいると、とにかくいろんな曲が流れるわけです。大体部屋ごとに大まかなテーマは決まってるんですけど、90年代J-POPとか、洋楽ロックとか、HR/HMとか、EDMとか、ジャズ、ボサノヴァ系とか、後はボカロやK-POPなんかもあるかな。中にはプログレとかノイズとか民族音楽とか、ちょっとコアな部屋もたまにありますね。よほどテーマに外れた選曲をしない限りは大抵みんなウェルカムなんで、僕もたまにそこでDJして、ジプシーミュージックとかかけたりすると大抵ウケる。評判がいいんです。

竹内: へー、そうですか。

――― 耳にそんな馴染みのある音楽ではないですし変拍子の曲とかもあるけど、基本的にノリやすい、スピーディな祭囃子みたいな感じで楽しいですし、ウケはいいです。

竹内: ジプシー来ますかね(笑)。

――― ドーンと来るかはわからないですけど、そこそこはいけるんじゃないかと。

竹内: 仕掛けとして難しいのは、タワーレコードなどが「じゃあいける!」って言ってジプシーコーナー作ってくれればいいんですけど、基本的に後追いなんですね。流行ってからになるので、まず自分たちで流行らせないとダメ。それが難しい。